植松死刑囚が手紙で重度障害者を「生きている自覚が全くない存在」と断じ事件を正当化する一方、接見では方法についてのみ「反省」を認める発言をして波紋を呼んだため反応が集中した。
スレ本文抜粋
自分は正しいことをしたから死刑には値しない」。相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者ら45人が殺傷された事件は、26日で発生から10年。
植松死刑囚は弁護士を通じメディアに手紙を公開し、重度障害者を「生きている自覚が全くない存在」と表現した。
植松死刑囚は1月に2度目の再審請求を横浜地裁に申し立て、2月の棄却に即時抗告している。7月、弁護士と接見した際には「やり方は反省している。(犠牲者の)親族には事前にお別れの機会を設けるべきだったし、首をナイフで切ったのは被害者に失礼だった」と話したという。
5chの反応
1/4人前でも10人以上だから死刑5回分相当やないか
>どうして重症患者になってまで生き延びようとするのか おまえも死刑囚になっても 生き延びようとしてるだろw
大量殺人犯だから極刑が相当 ただそれだけの話だよ 犯人が殺人行為にどういう理由付けをするかは刑罰とは無関係 「パチンコで負けてムシャクシャしてたから」でも「太陽が黄色かったから」でも同じ
つまり行動に移すかどうかが差なだけで 「老人は死」という考えは間違ってないということ? もしも適切な手続きを踏んで「姥捨山」が 法制化されようとしてもそれを支持する?
でもこういう施設があることを知らないって人も多かったはず
おそらく米国なら記者がインタビューを重ねて生い立ちから掘り下げてドキュメンタリー映画になってると思う 日本のは中身が薄いんだよな 今なお接触を続けてるメディアは月刊誌1社だけというていたらく 次の加害者・被害者を出さないためにも必要なことなのに
曲げぬ持論っていうのは 自分を正当化したい後付けのものだよ 結局は人生の失敗を責任転嫁して、承認欲求と自己愛拗らせて英雄気取りになった末の犯行だよ
まさしく社会福祉ってのは 経済的のと精神的のと 両方が豊かでなければ成り立たない 狩猟採集の時代でもある程度の人数で 安定して余裕のある集団のみで 障害を持った人間や年寄りが存在できた形跡がある ここから先の日本を想定すると 社会福祉は制限されていくだろうね