古代ゲノム研究が縄文・弥生・旧石器の混在と地域差を示したことで、単純な二重構造モデルへの疑問や出自を巡る戸惑いが広がった。
スレ本文抜粋
古代ゲノム研究」とは、人骨化石に含まれる遺伝子情報を解析し、古代の人々の系統や姿などを探る最新の研究分野だ。遺伝子は「ヒトの設計図」とも呼ばれ、これを解析することで、生前の髪質、目の虹彩の色といった外見の特徴まで推定することができる。また解析データを用いることで、集団同士の遺伝的な関係性や混血の程度も明らかになる。
多集団だった旧石器時代
これまでは旧石器時代の人々が縄文人となり、のちに北方アジアから渡来した弥生人と交わる中で現代日本人が形成されたという「二重構造モデル」が定説とされていた。しかし近年の研究により、沖縄で発掘された旧石器時代の港川人と、縄文人との間には遺伝的な連続性がないことが判明した。さらに縄文人のミトコンドリアDNAは地域ごとに異なり、近畿と沖縄、北海道と東北、九州など、地域によって系統の違いがみられることもわかった。これは旧石器時代に複数の集団が日本に渡来し、地域ごとに分化した結果だと考えられる。
様々なDNAを持つ日本人
縄文人は東アジアの他集団とは異なる遺伝子的特徴を持っていることも判明した。縄文時代に氷期が落ち着いて海水面が上がったことで他民族の渡来が減り、閉ざされた列島で独自に進化したせいだろう。しかし弥生時代に稲作文化を持つ北方アジア人が渡来し、縄文人と交わったこともゲノム研究から明らかになった。ただし稲作の導入が遅かった東日本は渡来系の影響が少ないことなど、こちらも地域によって差があったようだ。そしてその後、古墳時代にも大陸からの渡来は続き、遺伝的な影響を受け続けた。現代日本人は、長い年月をかけて混合しながら形成されたのだ。


5chの反応
あの辺の国の部族と一緒にされたら嫌だから謎にしておきたいだけじゃないのか?
最新ってこれやろ?さらに縄文人要素がレアと判明しただけやで🥺
そりゃ、西日本には鮭は遡上してこないけど、東北にはめっちゃくるからw 司馬遼太郎だったか、「食べ物のほうが勝手に向こうからやってくる、 こんな豊かな生活があっただろうか」みたいなことを書いてたよ。 縄文時代は、圧倒的に東日本のほうが暮らしよかった。狩猟採集で楽に食えた。 そもそも、縄文時代の気候じゃ、日本の緯度でコメは作りようがなかったしね。 現代もこの猛暑でわかるとおり、気候変動の時代をむかえているが、縄文時代と 弥生時代とでは、およそ気候がちがっていたそうだね。
でも世界中のゲノムを解析したら縄文人と連続的な集団がどこかにいたはずじゃないの?
シベリアを渡って北から入った人と東東南アジアから渡って南から入った人の混血が縄文人 更に大陸から入った?連れて来た?人と交わり弥生人 まあ1億年以上前から日本には人がいたようだからよく分からないな
縄文人が大陸から分岐したのは2万4千年前。文明として認知されてるのが1万6千年まえくらいから。 実はもっと長いんですよw
アンダマン諸島のd1a2bと日本のd1a2aは同系統で、 チベットのD1a1aとアンダマン諸島のd1a2bは系統が異なるのである。
京都の八坂神社は新羅系。 当社は慶応4年(1868)5月30日付の神祇官達により八坂神社と改称するまで、感神院または祇園社と称していた。 創祀については諸説あるが、斉明天皇2年(656)に高麗より来朝した使節の伊利之(いりし)が 新羅国の牛頭山に座した素戔嗚尊を山城国愛宕郡八坂郷の地に奉斎したことに始まるという。
流石に興味ねぇわ どうでもいいだろ
体の名詞はオーストロネシア語族との共通点はあるようだから、それが基礎で大陸を移動してる間に色々混ざって変化してきた言葉なんだろな